大建中湯が術後腸管運動へ与える影響
【論文】
Effects of Daikenchuto on postoperative gastrointestinal motility in colorectal carcinoma patients with abdominal pain and distension:
a prospective, randomized trial
Wakasugi.M, Surgery today(2020)
【要旨】
オープンラベルの非ブラインドランダム化RCT.
対象は大腸がんの術後患者.
DKT(大建中湯15g/Day)群 vs Contorol群(プラセボではない).
主要評価項目:腹痛・腹部膨満感をVASによる測定での評価
副次評価項目:Gastrointestinal Symptom Rating Scale:GSRSによるQOL評価
DKT群で排便回数,腹部の渋りが有意に低かった.
※VAS:Visual Analog Scale(視覚的評価スケール)
「0」を「痛みはない」状態、「100」を「これ以上の痛みはないくらい痛い(これまで経験した一番強い痛み)」状態として、現在の痛みが10cmの直線上のどの位置にあるかを示す方法.
※GSRS:Gastrointestinal Symptom Rating Scale
過敏性腸症候群と消化性潰瘍の患者を対象として開発され ,測定する概念は酸逆流・腹痛・消化不良・下痢・便秘の5つからなり,消化器系QOLを評価する.
【結果】
・VASには差はないとのこと(下記グラフ)
・術後初回の排ガスの中央値は31時間vs27時間(DKT群)で有意差なし.
・初回排便も同様.
・POD3とPOD28の腹部の渋り感でDKT群が有利
[12.5% (2/11) vs. 56.3% (9/16) on POD 3 (p = 0.04), and 12.5% (2/11) vs. 62.5% (10/16) on POD 28 (p = 0.05),respectively]
・排便の回数で有意差あり(左図)
・POD3下痢のGSRSスコアでDKT群が低い傾向にあるが統計学的有意差なし(右図)
【合併症】
・There were no adverse events thought to be related to DKT.と記載あり
【疑問点】
・主要評価項目で全く差がないのにアブストラクトで全く触れていない
・DKTで排便回数が少ないとあるが少ないほうが良いのか?
・合併症はDKT群のみであるがThere were no adverse events thought to be related to DKT.と記載あり,根拠が示されていない.
知っておきたい解剖:endopelvic fascia
【骨盤内の筋肉,膜構造】
①臓側骨盤筋膜
・尿管下腹神経筋膜…下腹神経前筋膜から連続.神経/尿管を覆う.
・膀胱下腹筋膜…内腸骨血管を覆う.
②壁側骨盤筋膜
・内閉鎖筋,肛門挙筋,梨状筋,尾骨筋,仙骨前面を覆う筋膜.
③肛門挙筋腱弓
・臓側骨盤筋膜と肛門挙筋が衝突して骨盤筋腱膜弓へ移行する.内閉鎖筋膜と肛門挙筋腱膜が衝突して肛門筋腱膜弓となる.
・低位の剥離では骨盤筋腱膜弓を側方に視認する.
・#283郭清は肛門筋腱膜弓から内側へ向かって骨盤筋腱膜弓まで行う.
【endopelvic fascia】
・大腸外科領域では肛門挙筋筋膜のことを呼ぶ.
・#283郭清の際に最深部でこれを露出することが重要.
・超低位切除ではTMEの際に重要なランドマーク.
【参考】
新しい外科局所解剖 医学書院(2018)
鼠径ヘルニアにおける神経走行,その対処
【論文】
Lichtenstein法における神経対処と自己接着性メッシュの追加固定
原/中川ら,臨床外科会誌(2020)
【3本の神経と腸骨下腹神経の切離】
・3神経のシェーマ:
腸骨下腹神経(黒矢印),腸骨鼠径神経(白矢印),陰部大腿神経陰部枝(黒矢頭).
・右図は腸骨下腹神経に対するpragmatic neurectomy.筆者らは外腹斜筋腱膜を貫く位置によってメッシュの妨げになる場合,切離している.
【治療成績と神経同定】
・同定率
腸骨下腹神経:73%→内49%で切離
腸骨鼠径神経:69%
陰部大腿神経陰部枝:85%
・慢性疼痛は0/234人
【術後疼痛の予防の観点から】
・Pragmatic neurectomyでは鋭的な切離と断端埋没(自然に引き込まれ埋没することが大半)が有用と考えられる.
・極力Investing fascia(被覆筋膜) をつけて剥離.
知っておきたい解剖学的異常(胆嚢摘出術)
【肝門部胆管合流形式】
胆摘で問題となるものはCの後枝独立合流型.5%前後といわれる.
低位で後枝が分岐しているので,いい加減な剥離では胆のう管と誤認しかねない.
基本的に胆のう沿いに剥離していけば問題になることはないが、高度炎症症例等では問題となることがある.
【胆嚢動脈】
通常の右肝動脈から分岐し,Calot三角内で胆嚢動脈が走行するA型は7割程度.
Cでは最も注意を要する.胆嚢に近接して走行する右肝動脈を胆嚢動脈として誤認する場合がある.臨床的にしばしば遭遇するが,通常その太さで気づくことが多い.(Caterpiller hump right hepatic arteryと呼ぶ.)
また,Bのように早期に浅枝,深枝に分かれるパターン(20%程度)もあるので一本切離したから安心ということではない.
いずれもその起源を追う追うはないのでCalot三角内でしっかり勝負してCVSを意識すればよい.
【副肝管】
・臨床的には,区域以下の肝領域を支配する肝内胆管が肝外を走行し,総胆管,総肝管,胆囊や胆囊管に合流する解剖学的変異と認識されていることが多い.頻度は 0.8~31%とされる.
・Type1,5では副肝管と胆嚢管を誤認しやすい.術中胆道造影が望ましいか.
・当方もType1を2例経験したが,1つの症例では副肝管と右肝管、胆嚢間の関係が非常にわかりづらく6時間近くLap-Cを行ったことがある.
【参考】
肝門部胆管合流形式の検討,中村 弘樹 胆道(1994)
腹腔鏡下胆嚢摘出術における胆嚢動脈走行 高 山 智 〓 日外連会誌(1990)
副肝管を有する症例に対する胆囊摘出術の検討 矢部 沙織 日消外会誌(2020)
Antifibrinolytics(トラネキサム酸)は外傷性出血死を減らす
【論文】
Effect of treatment delay on the effectiveness and safety of antifibrinolytics in acute severe haemorrhage: a meta-analysis of individual patient-level data from 40138 bleeding patients.
Angèle Gayet-Ageronr,Lancet 2018
【要旨】
急性重症出血(外傷もしくは分娩)におけるトラネキサム酸 が治療に与える影響を,ランダム化試験2件の個別患者データ(患者4万138例)のメタ解析で検証.失血死は1408例で,うち63%は発症後12時間以内に発生していた.トラネキサム酸の即時治療はオッズ比1.72(95%CI 1.42-2.10、P<0.0001)で生存率を70%改善したが,その後は治療が15分遅延するごとに生存率が10%低下し,3時間以上経過すると効果が得られなくなった.また,トラネキサム酸による血管イベント有害事象の増加は認めなかった.
・下図は時間と治療のオッズ比(95%CI)をプロット.135分以内に投与開始すれば優位を持って改善できる.180分以降ではオッズ比<1.0となるのがわかる.
心不全が癌のリスク?
【論文】
Heart failure is associated with an increased incidence of cancer diagnoses
Christoph Roderburg, ESC Heart Failure (2021)
【要旨】
後ろ向きコホート研究で心不全を持つ100124人と心不全のない100124人でマッチさせ,癌の発症について比較検討した.10年の観察期間において心不全(+)群では25.7%が,心不全(-)群では16.2%が癌と診断された(log-rank p<0.001, hazard ratio, 95% confidence interval:1.76, 1.71–1.81).強い因果関係にあった部位は口唇/口腔/咽頭癌であった.続いて呼吸器癌,女性器癌の順に関連がみられた.その他,皮膚癌,消化器癌,造血器,泌尿器,乳癌にも関連が見られた.
【方法・対象】
・年齢、性別、DM、肥満度でマッチ
【結果・ディスカッション】
・心不全ではSerpinA3 and A1, fibronectin, ceruloplasmin, paraoxonase 1といった腫瘍成長因子を惹起しているという報告あり。
・癌患者ではBNPやTropT高知の症例が多いという報告もあり。
【疑問】
・対象が多すぎて喫煙や生活習慣などの情報が拾えておらず交絡の調整が不十分ではないか?
重症患者における輸液の種類で予後は変わらない(The BaSICS Randomized Clinical Trial)
【論文】
Effect of Intravenous Fluid Treatment With a Balanced Solution vs 0.9% Saline Solution on Mortality in Critically Ill Patients
Fernando G. Zampieri,JAMA(2021)
【初めに】
生食は様々な論文でAKIのリスクや腎血流低下や合併症を増加させるといった報告があった.
【要旨】
目的:ICU患者における輸液内容の違いで90日死亡率に差が出るのかを調べる.
方法:前向きランダム化試験.調整輸液群5522人と生食群5530人に無作為に割り付け.(電解質異常のある患者などは除く.)
結果:48.4%の患者が予定手術入院患者.60.6%の患者で昇圧薬を要し,44.3%の患者で人工呼吸器管理を要した.90日までに調整輸液群では1381人(26.4%),生食群では1439人(27.2%)が死亡.HRは0.97で95%CIは0.90-1.05で両群に差は認めず.
【対象・方法】
・ICUに24時間以上滞在が必要とされる患者且つ少なくとも1つ以上のAKIのリスクファクターを有する患者が対象.(65歳以上,低血圧,Sepsis,乏尿,肝硬変,Cr高値)
・調整輸液はPlasma-Lyteを使用.(Na140 K5 Mg1.5 Cl 98 酢酸27 グルコン酸23)
【結果】
・3日で入った輸液量の中央値は4.1L(SD2.9 L)Study以外の輸液も含む.
・両群の総輸液量の差はない.
・Cl値は生食群でやや高くなる傾向あり.
・両群の累積死亡率に差はない.
・Secondary Outcomeとして7日目のTotalSOFAスコアは有意差があったが、Neurological>2の項目で調整輸液群が高値であることが原因であろう.
・サブグループ解析ではと頭部外傷で交互作用を認めた(HR, 1.48; 95% CI, 1.03-2.12)
【Limitation】
・Study以外の点滴も含まれる.
・ERやOpeの点滴は考慮されていない.
・予定手術の患者は死亡することが少ない.
・特定の輸液の比較であること(Plasma-Lite)
・死亡率が予測より低かった.
・輸液量が比較的少なかった.