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アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)と予防医学

【論文】

アルデヒド脱水素酵素2遺伝子多型の予防医学的重要性

松本明子,日本衛生学会会誌 2018(73)

 

【要旨】

ALDHには19種類あり,酸化ストレスの緩和,レチノイン酸やアミノ酸神経伝達物質の生成,脂肪酸の合成などに関わる.ALDH2アルデヒドの無毒化と細胞障害の抑制を担う.ALDH2の欠損的多型(rs671)は複雑かつ多様な正負両方向の影響を示し,大きな医学的意義を有している.国民の半数が ALDH2*2 アレルを保有している日本に
おいては,ALDH2 多型に関する知識の普及が公衆衛生水準を向上させ得る.

 

ALDH2多型(rs671)】

 遺伝子型は①野生型ホモ接合体(ALDH2*1/*1),②ヘテロ接合体(ALDH2*1/*2),③野生型ホモ接合体(ALDH2*2/*2)の3種類.

 Rs671変異ではエクソン12の42421番目のグアニンがアデニンに置換される.前駆体では504,成熟体では487番のグルタミン酸がリシンに置き換わる(Glu504Lys or Glu487Lys).

 

【飲酒との関係】

ALDH2*2保有者では飲酒習慣保有率は低い.特に変異ホモ型では数%.しかし,一方でアセトアルデヒドドパミン放出を促すことから,飲酒嗜癖の原因となることも報告される.変異アレル保有者でのカテコラミン濃度が高く多幸感が強まることが示唆され,アルコール依存症の1-2割はヘテロ保有者といわれる.

 

ALDH2*2保有者と成人保健との関係】

飲酒・喫煙の発癌リスクが高い,アセトアルデヒドによるDNA付加体形成,がん抑制蛋白質の発現低下,アルツハイマー病リスク↑,うつ病の発症↓などの報告あり.

 

【多型ごとの生活習慣予防】

ALDH2多型ごとに生体反応が異なるので画一的な指導では無意味な可能性あり.ALDH2*2 アレル保有では飲酒によって発がんリスクがより高まるにもかかわらず,臨床所見からは過量飲酒の見当がつけにくい.非保有者であれば,飲酒をすれば
血圧が上がり,血清 AST,ALT や尿酸値が上昇するなどの変化がみられ,本人や周囲が過量飲酒について考える機会となる.一方ALDH2*2 アレル保有者では,飲酒習慣があってもエネルギー代謝指標が好ましいものになりやすく,血圧が上がりにくく ,血清肝逸脱酵素値や尿酸値も比較的低値となるため,飲酒習慣を見直す機会が失われやすい.

健康日本 21 には,節酒目標を男性では一日当たり純アルコール 20 g 以下,女性では 10 g 以下とするよう示されている.したがって,ALDH2*1/*1 保有者ではこれらを目標とし,ALDH2*1/*2 遺伝子を保有する飲酒者の場合は,飲酒頻度や絶対量をさらに抑制する必要がある.

ある報告では純アルコール摂取量が一日平均 10 g 以下の飲酒習慣を持つ ALDH2*1/*2 遺伝子保有者における食道がんリスク(95% 信頼区間)は,同様の飲酒習慣を持つ ALDH2*1/*1 保有者の 5.8 倍(1.6–21.4倍)であった. 

 

ALDH2多型と臨床医学

ALDH2 ノックアウトマウスがシスプラチンに対して感受性が高いことや (,HIV 治療薬
である Abacavir の薬害がその代謝アルデヒドによるものであること ,トリパノソーマ症治療に用いられる 5-nitrofuran は病原体内の ALDH2 により還元されることで毒性を発揮する(宿主の ALDH2 が不活性であれば副作用が回避できる)こと  などが示されており,ALDH2 多型ごとの薬物療法の適切化に課題があることが推測される.